エッセイ

 

 

 

 

小学校の高学年になったとき、母が言いました。

「コンクールっていうの、受けてみたらどうかしら」

 

とりあえず思いつきで言ったのだとは思いますが、先生に聞いてみると、「まぁ、受からないと思うけど、やるだけやってもいいよ」というような答えだったのだと思います。

果たして、私自身は「やってみたい」と思ったかどうか、どれくらい興味があったか、もう覚えてはいませんが、母の提案に先生がOKを出した以上、私が否定する予知はありません。

 

そのコンクールは「全日本学生音楽コンクール」というものでした。

現在は、コンクールと名の付くものがたくさん存在し、随分と「コンクールを受ける」ということの敷居は低くなっていますが、その中でも一番ハードルが高いこちら。当時は、今のように沢山のコンクールがなかったので、「コンクールを受ける」と言ったらこのことでした。

その頃、小学校の部(東京大会)では、約100人が予選を受け、20人程度が本選へ進み、1~3位および奨励賞が決まり、上位の子達だけが、その後全国大会へ進みます。

予選も本選もすべて課題曲です(全国大会は除く)。要するに予選では、100人の子供達が、次から次へと舞台に出てきて、同じ曲(予選の場合約5分の曲)を弾くわけです。

審査員の先生方にとっては、ある種の拷問です。

 

さて、私はそんなわけで、なんだか受けることになってしまいましたが、実は当時、まだ自分できちんと調弦をすることが出来ませんでした。控え室や舞台袖は、演奏者以外は立ち入り禁止だったので、ピアノ伴奏の先生に調弦を手伝ってもらったりしました。そんなですから、予選を通ることもなく、初めてのコンクール体験はあっという間に終わりました。

しかし、「人前で演奏する練習」として、それ以来なぜか、自然と(あるいは母の思惑通り)、コンクールを受けることは毎年の恒例行事となっていきました。

 

人前で弾くことを、私は、おそらく初めから嫌いではなかったのだと思います。すごく緊張する体験ではあったけれど、それはなんというか、自分が強くなるためのプロセスのようなものだと、なんとなく感じていたような気がします。

次の年から、そのコンクールでは、予選を通過できるようになりました。

何か少しでも認められたという、いい気分が病みつきになり、それから約15年間、私は、コンクールを受け続けることになります。

「全日本学生音楽コンクール」からはじまり、「日本音楽コンクール」そして、国外へ。

 

15年間の間、テレビでニュースになるほどの成績を残したことはありません。いつも「そこそこ」でした。でも、「乗り越えると強くなる」と感じていたものは、私にとっては効果抜群。私は「コンクール好き」人間となりました。

 

今、自分がコンクールを受けなくなってから10年以上経ち、生徒に受けさせるという立場になっています。私は、自分がコンクール好きだったからといって、生徒にもどんどん受けさせればよいか、というと、それは違うと思います。

完全に、人によります。

コンクールで得た経験を、結果がどうあれポジティブに活かしていく子もいれば、刺激が強すぎて逆効果の子もいます。自分には関係がない、とか、否定的に思っている子に無理に受けさせることはしません。でも、意外と(音楽学校に通っている子も、いない子も)受けてみたいと密かに思っている子も多いです。逆に、受けたがる生徒に「あなたは今は受けない方がいい」と言わなければならないこともあります。

あ、そういえば、私も言われたことあったなぁ・・・受けちゃいましたけど!

・・・つづく