エッセイ

 

 

 

「リサイタル」という言葉はクラシック音楽界以外ではあまり馴染みがないかもしれません。
recite 〔暗誦する、吟誦する〕 という意味の英語から来ています。
「暗誦、吟誦」は、ひとりの人がお客さんなどに向かって話すことです。

音楽界で「リサイタル」というと、基本的には、ひとりの演奏家がお客さんへ向けて演奏をすることです。
ですから「ピアノ・リサイタル」と言うと、一人のピアニストが出演するコンサート、ということになります。しかし、「ヴァイオリン・リサイタル」と言った場合、必ずしも出演者がヴァイオリニスト1人という訳ではありません。むしろ、ヴァイオリンとピアノの2人で演奏することの方が多いのです。
え??と思われますよね。


理由としては・・・
ヴァイオリンのレパートリー曲というのは、3種類に分類されます(リサイタルの話なので、オーケストラと共演する曲は除きます。それと、これはヴァイオリンだけでなく、他の管弦楽器にも共通するお話です)。

①ヴァイオリンのみで演奏される曲(無伴奏曲)
②ヴァイオリン・ソロにピアノの伴奏が付いている曲
③ヴァイオリンとピアノが、五分五分の対等な関係で演奏する二重奏曲(どちらが「ソロ」でも「伴奏」でもない)

このうち、②と③の曲数が、世の中には圧倒的に多いのです。特に、一般的によく知られている曲は、ほとんど②です。ですから、ヴァイオリニストが「何か演奏してください」と言われたら、殆どの場合、ピアノ共演者が必要です。

 

「リサイタル」と言う時でも、②や③の曲を演奏するとなれば、ピアニストと共演することになります。そんなときは、「ヴァイオリンとピアノの二重奏コンサート」と言った方が適切なこともあるのですが、あくまでも「主役はヴァイオリニストです」という意味を込めるときに、「ヴァイオリン・リサイタル」と表現するのです。(二重奏を弾くのに「ヴァイオリニストが主役です」というのはとても変な話ではあるのですが・・・、そこは目をつぶってください)

 

私達ヴァイオリニストは、常に良い共演者ピアニストを探し求めています。上手なだけでなく、対等な立場で、責任を持って音楽に対峙してくれる、真摯な人を。
私は、今までの本当に素晴らしいピアニストたちに恵まれてきました。

 

「ヴァイオリン・リサイタル」では、①と②と③の曲を全部混ぜる場合もあるし、2種類だけを混ぜる場合もあるし、①だけ、②だけ、③だけ、もあり得ます。しかし、良いピアニストと共演できる場合、演奏したいのは、なんといっても③の曲(二重奏曲)。その代表が、「ヴァイオリン・ソナタ」と呼ばれる曲の数々です。

 

二重奏では、ふたりがお互いに惹き立て合い、補い合い、刺激し合いながら演奏します。

今までの自分の録音を聴き返してみると、時折、「これは本当に私が演奏しているの?」と思う時があります。私ひとりでは絶対に出せないであろう、音楽の流れや表情がそこにあるのです。素晴らしいピアニストと2人で弾いたからこそ、紡ぎ出された音楽、という訳です。

二重奏では、1+1=2という単純な結果にはなりません。
1+1が無限大の可能性を持つことがあります。

約2ヵ月後に迫った私のリサイタルで演奏する曲は、ほとんどが③に属する曲です。

1+1がどれくらいになるでしょうか。私もとても楽しみにしています。

 

「リサイタル」という言葉は、個人だけでなくグループでも使われることがあります。

「○○○トリオ・リサイタル」とか、「○○デュオ・リサイタル」のように。

1個人(または1グループ)の演奏家が主役のコンサート。画家が個展を開くように、作家が書き下ろしを書くように、その人が(グループが)、それまでの集大成として表現し、作り上げるコンサートです。