エッセイ

 

 

 

 

1人で何かをすることが好きだった小学生の私は、毎日コツコツと、よく練習していたのでしょう。でも、決して練習好きだったわけではないのです。

 

本当は、他の子達と一緒に遊びたかったのです。でも、なかなかそれが出来なかった理由のひとつは、人見知りだったこと。

それでも、「今日遊べる?」と聞いてくれる子はたまにいましたから、「遊びたい・・・」と思ったのですが、そこでストップをかけていたのは・・・?

 

母はいつも、「遊んでもいいけど、ヴァイオリンの練習が終わってから遊びなさい」と言っていました。

そう言われたらまず、学校から帰ったら練習、ということになります。

でもね、練習をしていたら日が暮れてしまうので、他の子達と遊ぶことは、もう出来ないんですよね。さっさと済ませて・・・という風には、どういうわけか、いかなかったようです(不器用)。かといって、小さい頃に3時間も4時間も練習していたわけでもないです。せいぜい2時間くらい?(小学校高学年になれば、3~4時間やっていたと思う)

遊んでから練習してもよいか母と交渉したり、または友達と時間を交渉したり・・・なんてことも、出来る子ではなく。言われたとおり、まずは家に帰って、練習と休憩を繰り返しながらだんだん夜になっていくのでした。

 

母は、「私が練習しろって言ったことは殆どないのよ。この子、自分から練習してたから」とよく言います。

まぁ、嘘ではないです。「練習してから遊びなさい」以外には、「練習しなさい」という言葉は滅多に使わなかった。

でも時々、「練習しないの?」と言うのです。

しないの?と問われたら、「しない」とは言わないでしょ。

 

部屋に篭って、楽器を傍らに置き、本や漫画を読みふることは日常でした。そんな時、向こうの部屋にいて手が離せない母は、何かしらのサインを送ってきます。そろそろサインが来そうな時にまた音を出し始める私。そんなですから、あまり集中していたとはいえません・・・でも、子供ってそんなものでしょう?

練習をサボったらご褒美ももらえなくなるので、そこは仕方ない。

 

小学生が終わる頃まで、私は、いつかヴァイオリンをやめられたらいいな、と思っていました。やっぱり、毎日ヴァイオリンばかりでなく、他の事もやりたかった(遊びたかった?)。でも、そんな事を言ったら母と争うことになりますから、出来ませんでした。

平和主義なんです。

 

そのうちに、コンクールを受けはじめると、そこで評価されることがご褒美となり、なんともいい気分になることを覚えます。負けず嫌いなところもありますし。

そんなこんなで、知らず知らずの間に誘導され、ヴァイオリンの世界に深く入ってしまいました。振り返ってみると、「気がついたら・・・」です。決して、最初から「絶対にヴァイオリニストになる!」とギラギラしていた訳ではありません。そんなものです。 

・・・つづく