エッセイ

 

 

 

 

私は、良い先生に続けて巡り会えたお陰で、基礎をしっかり習う事が出来てとても幸運だったと思います。その後、思いがけないきっかけにより、渡英してタケノ先生に師事し始めました。そこでは、あまりのカルチャーショックの大きさに、それまでにコツコツと身に付けた事を見失ってしまいそうにもなりました。でも、かろうじて、そうならないでいられたのは、それまでの二人の先生方の教えがいかに偉大だったか、だと思うのです。

タケノ先生の教え方は、ある意味とても「強引」でした。それまでに積み上げて来たものは、一度思い切って忘れて、違うアプローチをしよう!という面がありました。
それから、バイオリンの弾き方を普段の生活や自身の性格に関連付けて、トコトン足りない部分を訓練しようとしました。

 

たとえば、私の場合、自己主張が弱い(大人しい性格)という問題がありました。
私は両親と一緒にロンドン市内に住んでいましたから、学校が終われば直ぐに家に帰ります。帰宅したらそこは、居心地の良い日本の家庭です。自己主張も何もしなくても、安心して閉じこもっていられます。
でも、なるべくそうさせずに外の世界にいさせて、周囲の外国人たち(それぞれが強烈な個性と自己主張を持った人々)の中で揉まれる時間を出来るだけ長く・・・というのが、タケノ先生がまず私に「しなければいけたい事」だと考えたようでした。
なるべく家に早く帰らせないように(!)毎週クラスコンサートを開いて「ミチコ!今夜はゼッタイに来なさい」と電話して来たり、なるべく色々な人と会って話が出来るように仕向けてくれたり。それに加えて通常のレッスンが週一回あったわけですが、本当に練習をする時間なんて残っていませんでした。
今でこそ、そんな先生の「強引さ」は有り難かったと言えますが、当時は、言葉が解らないのに色んな人に会うことがとても辛かったし、「家でゆっくり練習がしたいのに先生がさせてくれない」と、毎日半泣き状態でした。

バイオリンの練習が足りていないのはタケノ先生も解っていらしたと思います。
でも、閉じこもって練習させることはある意味簡単です。特に、私を含め大半の日本人学生は、コツコツと練習する事が得意でもあります。でも、私にとってより困難な事に立ち向かわせ、人間として逞しく成長させる事を考えてくれたのでしょう。
とても強引に感じましたが、それでも崩れ去らない基礎を植え付けてくれた室谷先生と徳永先生、そしてそれを見極めてくれたタケノ先生、という、名トリオの絶妙なキャスティングによって、今の私があります。

このような出会い、巡り会わせというのは、何だか始めから運命づけられているのではないかと感じることがしばしばです。
この3人の恩師たちとの出会いは、間違いなく私にとって一番大切なものですが、それ以外のあらゆる人とも、それぞれ運命的に出会っているのだと信じます。
ひとつひとつの出会いを大切に、そしてこれからどんな運命を切り開いて行けるのかを楽しみに、生きて行きたいと思う今日この頃です。